開高健1)『オーパ!』2)
作家、開高健のブラジル釣り紀行である。多数の写真に彩られて派手な外見をした本である。熱帯の魚その他の動植物や風景が被写体であるから、豊かな色彩にあふれているのは当然であろう。「オーパ!」とは、驚いたり感嘆したりするときにブラジルの人たちが発する言葉だそうだ。
献辞には次のように記されている。
何かの事情があって
野外へ出られない人、
海外へいけない人、
鳥獣虫魚の話の好きな人、
人間や議論に絶望した人、
雨の日の釣師・・・・
すべて
書斎にいるときの
私に似た人たちのために。 (文庫版33ページより)
ブラジルでは、何もかもが桁違いなのである。河やジャングルのみならず、そこに生息するものたちの種類・量・大きさが、私たちの日常の物差しはまったく役に立たないような圧倒的なとめどなさ、果てしなさで迫ってくる。ブラジリアという人工都市にさえ、それはあてはまる。
そんな、釣師の法螺話の調子がぴったりくるような土地を、著者は1977年の夏、約70日間にわたって旅をした。恐ろしい牙のような歯で知られる殺し屋ピラーニャ。最大体長5メートル、体重200キロにも達するという巨魚ピラルクー。尾のつけ根に美しいホクロをもつトクナレ。それらの魚を求めて。
ドラドという鮭に似た全身金色の猛魚は、釣師に対して激しく抵抗する。その様子を著者は、「渾身の跳躍。不屈の闘志。濫費を惜しまぬ華麗。生が悔いを知ることなく蕩尽される。」(同232ページ)と表現している。
ピラーニャの獰猛さが詳述される。しかし、あるとき著者は釣り上げたピラーニャの口の中に欠けた歯を見つけて、この魚の生涯に思いを馳せ、一抹の哀愁を感じる。さらには、小さなアブに悩まされるワニの様子や、うるんだ目をして、はかない木の根をかじったりしている、と描写されるカピヴァラ。
生あるものの力強さとはかなさ。人間もまた同様の眼差しで捉えられる。自分自身を見つめるときも例外ではない。この紀行は次のように終わる。
これからさき、前途には、故国があるだけである。知りぬいたものが待っているだけである。口をひらこうとして思わず知らず閉じてしまいたくなる暮しがあるだけである。膨張、展開、奇異、驚愕の、傷もなければ黴(かび)もない日々はすでに過ぎ去ってしまった。手錠つきの脱走は終った。羊群声なく牧舎に帰る。
河。森。未明。黄昏。
魚。鰐。猿。花。
チャオ(さようなら)!・・・・ (同299ページ)
生きることの喜びと哀しみが、色とりどりの魚や、それを釣り上げて喜ぶ著者の姿の向こうに見えてくる。
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1) かいこう・たけし(1930-89)。 写真は高橋f(たかはし・のぼる、1949- )。本の奥付では、二人の名前が著者として連名で記されている。
2) 「PLAYBOY」誌に1978年2月号から9月号にかけて連載された。連載終了後に、写真300点余を収めた単行本『オーパ!』として集英社から刊行。文庫版初版は1981年3月(集英社文庫)。