みうらじゅん1)『とんまつりJAPAN』2)
筆者(=Wunderkammer 管理人)は、今年(2006年)生誕250年を迎えるモーツァルトとちょうど二百歳ちがいである。かの天才は35歳でこの世を去ったが、筆者は35を過ぎた後も馬齢を重ねて今日にいたる。それはともかく、自分がこの歳になって思うのは、子どもの頃は「大人の世界はまともだ」と信じ込んでいたが、それは幻想だった、ということである。
「まとも」とは、馬鹿なこと、愚行とは無関係という意味である。だから、子どもの頃、祭りとか、実用とは相容れない儀式の存在に納得がいかなかった。祭りなどの儀式においては、生命力がむき出しになったり、知性が吹っ飛んでいたりする。そんな馬鹿なことを、なぜ大人が嬉々としてやるのか。小さかった筆者にはそれが不思議であり、ふだん偉そうに大人たちがたれるお説教との落差にとまどうばかりだった。とりわけ十代の頃は祭り的なものが大嫌いだった。
大人になってやっと、祭りを許せるようになった。3) 期間を定めた愚行が、生きるうえで必要なこととわかってきたからである。生きることはなかなかに厄介なことだ。学校で教えてくれるような理性主導の、意識的で積極的な人生観だけでは対処できない領域がある。生まれてしまったからにはとにかく生き抜かなければならない。生病老死という自分ではどうしようもないことを含む人生。
人間の生のこのような領域と祭り的なものが深く結びついていることを、大人になって、筆者にもようやくわかってきた。だから、本書のあちこちで、祭りならではの不思議な光景を目撃した著者が思わず発する「どーかしてるよ」という声に、「そうだよね、どーかしてるね」と、うなずいて、いっしょに面白がれるのだろう。
さて、皆様はどのような祭り観をおもちだろうか。
本書で著者がイラストと文章で紹介してくれる「どーかしてる」祭り(とんまつり)は次の18である。
1.蛙飛(かえるとび)行事(奈良県):カエルの着ぐるみを着て這う。
2.笑い祭り(和歌山県):白塗りの「怪人」が「笑え笑え」とはやしたてながら町を練り歩く。
3.尻振り祭り(福岡県):神主が左、右、左、と尻を振る。
4.おんだ祭り(奈良県):天狗とお多福が夫婦和合の儀式を演じる。
5.姫の宮 豊年祭り(愛知県):子授けを象徴するらしいオブジェと花嫁がトラックの荷台に乗ってパレードする。
6.田縣(たがた)祭り(愛知県):巨大な男根のオブジェを御輿に乗せてかつぐ。
7.水止舞(みずどめのま)い(東京都):荒縄製の筒の中に男が入って、道路に転がされ、法螺貝を吹く。
8.撞舞(つくまい)(茨城県):カエルの格好をした男が細い柱(14メートル)に登り、そのてっぺんで逆立ちをしたり矢を射ったりする。
9.恐山大祭(青森県):イタコの口寄せ。
10.抜き穂祭(愛媛県):神様を相手に相撲をとる。
11.子供強飯式(ごうはんしき)(栃木県):子供に命じられ、大人が無理やりサトイモをいくつも食べさせられる。そして、馬の顔のついた杖にまたがってギャロップをする。
12.牛祭り(京都府):奇妙な面をつけた人が牛に乗り、広隆寺のまわりを一周する。
13.悪口(あくたい)祭り(栃木県):自分の額に流された酒を飲む。
14.ヘトマト(長崎県):巨大草鞋をかついで練り歩く。
15.ジャランポン祭り(埼玉県):別名、お葬式祭り。棺桶に入れられた死者が生き返る様子を演じる。
16.うじ虫祭り(愛知県):神様に扮した人が酒を飲んでは道に寝転がるを繰り返す。
17.鍋冠(なべかむり)祭り(滋賀県):少女たちが鍋や釜をかぶって行列をする。
18.つぶろさし(新潟県):豊作と子孫繁栄を祈願して、巨根の男役と美女役と音曲担当の不美人役の3名で神楽を奉納する。
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1)
1958年、京都生まれ。イラストレーター、エッセイスト。バンド活動もおこなっている。
2)
「小説すばる」の1998年9月号から2000年8月号に、「わびさびたび」として連載。「つぶろさしの巻」の章を加えて、2000年7月に集英社より刊行。集英社文庫版(副題:日本全国とんまな祭りガイド、解説:荒俣宏)は2004年7月刊行。
3)
次のような箇所を読むと、本書の著者も似たような感覚をもっているらしいと感じる。「世間的にはどう思われているか知らないが、到って上品な家庭で育ったオレは昔から“陽気な性”ってヤツが苦手である。(中略)今でこそ、“どーかしてるよコレ”というセンスを人一倍楽しめる人間に相成ったが、やはり上品出身なオレはことエロに関しては「ガハハ」と、笑って済ませられないところがある。(中略)オレは下品な発言こそするが、それは恥ずかしさの裏返しであり、ロックにあるアンチ精神だと思っている!」(文庫版67ページ)