村上春樹・吉本由美・都築響一『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』1)
中年3人が「東京するめクラブ」なるユニットを結成し、「ちょっと変な場所」を探訪した記録。訪問先を目次から紹介する。
・魔都、名古屋に挑む2)
・62万ドルの夜景もまた楽し――熱海
・このゆるさがとってもたまらない――ハワイ
・誰も(たぶん)知らない江の島
・ああ、サハリンの灯は遠く
・清里――夢のひとつのどんづまり
この探訪記の初出は、「TITLE」という、都会に住む若者向けのおしゃれな情報誌だという。3) そんな雑誌と「するめ」は一見ミスマッチであるようでいて、その実、物質的豊かさに関してなら何の文句もないような現代日本の都会の若者にピンと響くものなのかもしれない。
物質的に満ち足りてしまうと、人は「向上心」や「上昇志向」に以前ほどの価値を認めなくなる。当然の帰結ともいえる。するめクラブの面々も、座談会で江の島の土産物屋をめぐってそのようなことを語っている。4) 高度経済成長期の公害問題に典型的に見られるような、開発が引き起こす環境への重大な負荷、そして果てしない競争がもたらすストレスといった、人間の向上心が引き起こす否定的側面に私たちは気づいてしまった。癒しブームはもちろんのこと、廃墟が関心を呼んでいるのも、この辺にその根があるのではないか。
私たちはもはやアクセクしたくないのだ。この「ゆるさ」の魅力を紹介する探訪記は、のんきな珍道中の記録のようでいて、物質的に充足した社会に生きる人間の嗜好をよく表している。昆布が自生するサハリンの海をはだしで歩くのは楽しいが、清里のペンションの共同トイレには我慢できないのである。
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1) 2004年11月、文藝春秋社刊。
2) 「日本は世界の名古屋だったのか」と名づけられた章があり、それまで名古屋人を単に好奇の目で見ていた、非名古屋人をギョッとさせる。
3) 2002年10月から2004年1月にかけて掲載された。
4) 村上:要するにあんまりやる気がないんだよね。雨が降る日まで働くこともないやっていう感じでやっている。
都築:でも、そういう向上心がないところに行くと、僕たちはとても落ち着くんだよね。
(中略)
都築:だからさ、異様に向上心がないところなの(笑)。で、僕らもね、歩いていると、人生に向上心というのは必ずしも必要じゃないのかもしれない、とか思いだすんだ。
吉本:うん、思う思う。
村上:少しくらいは必要だと僕は思うけどね(笑)。
(261-262ページより)